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絵コンテライター

CMやドラマ、アニメなどの映像作品において、あらすじや登場人物の動きをイラストと文字でまとめた「絵コンテ」を専門に制作する職能です。台詞だけでなく効果音や画角の指示なども書き加えることで、監督からスタッフ全員までが共通のイメージを持てるようにする、いわば映像の設計図を担っていました。

絵コンテライター

絵コンテはまた、企画コンペにおける主要な提案ツールでもありました。クライアントへのプレゼンテーションの場では、文字だけの企画書では伝わりにくい映像の世界観やカット割り、演出のニュアンスを、絵コンテが視覚的に補完する役割を果たしていました。つまり絵コンテの出来がそのまま企画の採否に直結する、非常に重要な表現物だったのです。


特にテレビCMの全盛期であった1970〜90年代には、広告代理店や制作プロダクションに専門職として在籍するケースがありました。一方でデザイン事務所に籍を置くイラストレーターや、フリーランスの絵描きの中にも、映像企画の絵コンテを描かせると際立って上手い人、あるいは独特の味わいのある絵をフリーハンドで描く人が存在し、そうした人材は重宝されました。大きなCMコンペが持ち上がると、腕の立つ絵コンテライターの争奪戦になることもあり、「早い者勝ち」の空気が業界に漂っていたのもこの時代の記憶です。


また、売れっ子の映像ディレクターの中には、自ら味のある絵を描く人が少なくありませんでした。走り描きのような荒削りな線で描かれた、いわゆる「演出コンテ」が、その勢いや個性ゆえに返って評判を呼ぶこともありました。絵の巧拙よりも、演出意図と熱量が一枚の絵ににじみ出ることが、優れた絵コンテの条件だったとも言えます。

映像制作の現場から


絵コンテライターが表舞台から消えた経緯


バブル崩壊と制作費の圧縮


1990年代初頭のバブル崩壊は、広告業界に大きな転換をもたらしました。潤沢だった制作予算が削られる中で、真っ先に見直されたのが専門職への外注費でした。絵コンテライターという独立した職能に対してコストを支払う余裕が、代理店にも制作プロダクションにも失われていったのです。



ディレクター自作コンテの台頭


コスト削減の流れと並行して、ディレクター自身が絵コンテを描くことが当たり前になっていきました。企画・演出・絵コンテをひとりで完結させることが、むしろディレクターとしての能力の証明とみなされるようになり、外部の絵コンテライターに頼ることは「演出意図が伝わりきらない」という理由からも敬遠されるようになっていきました。



デジタルツールの普及


2000年代以降、パソコンや描画ソフトの普及により、絵が得意でない人間でも簡易な絵コンテが作れる環境が整いました。さらにパワーポイントや画像素材を組み合わせた「デジタルコンテ」が企画提案の現場に浸透し、手描きの絵コンテライターの出番は急速に縮小していきました。



テレビCM市場の縮小


そもそもの舞台であったテレビCM市場自体が、インターネットの台頭とともに相対的に縮小しました。制作本数の減少は、専門職を常時抱えることの非効率さをより際立たせ、絵コンテライターという職能が成立する経済的な土台が消えていったのです。

執筆者・神野富三

名古屋の映像制作会社・株式会社SynApps代表取締役プロデューサー

シナリオ・演出・編集まで一貫して手がける映像プロデューサー・ディレクターとして40年にわたり映像制作に携わりながら

​ビジネス映像制作のノウハウを伝承する「名古屋映像設計研究所」を主宰

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